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三十路過ぎて聞いたら歌詞がやっぱりすごかったTheピーズ
このところ、TheピーズのCDをまたよく聞くようになっている。
仕事帰りの電車の中、スーパーの買い物袋もって最寄駅から自宅まで帰っている夜の道。
特に活動休止前のアルバム「どこにも帰らない」「リハビリ中断」などが実にしっくりくる。
Theピーズとは
Theピーズ (ザ・ピーズ,The Pees)は、1987年に結成した日本のロックバンド。
1997年8月の東北ツアーを最後に一旦活動休止し、2002年7月に活動再開した。
出典:
ハルさんの歌詞は人生の散文詩である【Theピーズ】
オレが初めてピーズを聴いたのは18歳のときだった。ちょうどその当時、活動休止から復帰したピーズが大々的に注目されていた時期。
高校生の頃から古いバンドが好きだったこともあり、決して現役世代ではないものの、名前だけは知っていて気になっていたピーズを聴く機会に恵まれ、一発でハマった。
ストレートなパンク、ロックサウンドが、当時ハイティーンのオレに刺さったのだ。
CDをまとめ買いし、当時主流だったMDプレイヤーで自分ベストを作り、アビさんのギターソロ部分だけを抽出して繰り返し聞きコピーしたり、ライブに行ったり。大学を卒業する前後くらいまでそれはそれはハマってヘビロテだったものだ。
高校生の頃にブルーハーツ・ハイロウズのギタリストであるマーシーを崇拝していたこともあり、
「レスポール以外はパンクギタリストが使うギターではない」
と弾いたこともないのにフェンダー系を毛嫌いしていたオレに、ストラトの魅力を分からせてくれたのは「バカになったのに」PVのアビさんだった。
以来、現在に至るまでストラトばっか何本も買っており、ストラトが一番しっくりくるギターだと思っている。
で、話を戻すと、昔はピーズのキャッチでポップなメロディやゴキゲンなロックサウンドにばかり目が行っていたが、今聞くとなによりその「歌詞」がザックザク心に刺さってくる。
特に前出の、解散直前のアルバム数枚にいたっては、日常に焦燥しながらある種の諦観をもって、ヤケクソでロックをやり続けるしかなかった当時のハルさんの心情が独特の言い回しで痛いほど染みるのだ。
ひたすら絶望的な心情を、底抜けに明るい楽曲で吐露し、決して若者とは言えない年齢に差し掛かった当時のハルさんの世界観。
それは、青春との決別ができないオレのようなオトナもどきの心のかさぶたをバリバリとはがしていく。
・みんなどんな顔してたっけ一人ずついなくなったんだ
・どこの誰がホントに幸せなんだろうか
冷たい嫌な奴も体だけはあったかいだろうや・死にたい奴は死ね
・やりたいことが多すぎて何にもやりたくなくなっちまった
・暮らしを変えるより夢を変えたいわ
・現実逃避が終わる頃、誰かがいないのさ
・どうでもよくなんかなっちまいたくねぇ
・花火が残ってるちびちび生き伸ばしてる
・みんなうちに帰った
あんとき本当にイイにおいがした引用:Theピーズ各楽曲の歌詞一部抜粋
止まらなくなるからこの辺にしておくが、字面だけ見たらなんとまぁウツな歌詞だろうか。
けどこれらが秀逸で美しいメロディアスなラインに乗っかっているため、「曲」としては決してウツな印象は受けないところがすごい。
ちなみにこの数年前の楽曲では、
・食う食う食う食う肉食う肉食う肉食う
・ケバい鼻血出そうだぜ誰の彼女だ
・からあげ食いたかったぜからあげ残しといてほしかったぜ
・そんなのウソだろあの子とやったなんて
・中学まではまともだったのに散々無理してバカになったのに
・毎日エッチばっかでチ〇コが痛い
・いんらんベイベーしゃぶりてぇ
・「平和」と書いて「ピンフ」と読むのだ
引用;Theピーズ各楽曲の歌詞一部抜粋
とこんな感じだったわけで。
作詞作曲ハルさんの、たった数年越しのハイ&ロウ加減がいかにものすごいのかが想像に難しくない。
特に、ギターのアビさんが抜けてしまった解散直前のアルバム「リハビリ中断」で、その絶望ヤケクソ傾向が顕著な気がしている。
ものすごくポップでキャッチーな楽曲揃いのアルバムだが、歌詞だけ読んだらつきぬけたヤケクソに開き直らざるをえない感がすごい。
で、実質解散最後のこのアルバムの最後の曲名は「反応ゼロ」。
この当時のハルさんは一体どんな気持ちでバンドをやっていたのだろうか。
1965年生まれのハルさんは、1997年発売の「リハビリ中断」当時約32歳。
1thアルバム発売当時が、1989年で24歳である。
こうやって考えるとすっごくリアルだ。
24歳でバンドブームという時代の流れに乗ってデビューし、ブーム終焉後しばらくたって活動休止直前に出したアルバムのときに32歳。
オレ自身ずっと趣味でバンドをしているから(収益化は全くできていないから比較対象としてはふさわしくないのは百も承知済み)、感覚として身にしみてわかる。
30歳前後になると、途端に仲間内のバンドマン界隈の話題は暗くなっていく。
「あんなに明るかった人が鬱?マジ?」
「あんなにお似合いだったカップルなのに彼女がほかの男と?」
「新しくバンド作ったばっかなのにあの人地元帰っちゃったの?」
「なんか、、、ねずみ講的なマルチ商材の勧誘されたんだけど、、、」
こんな話が、30歳超えるとザックザク出てくる。
ほんっと、きゅーーに、30歳超えてバンドやってる人たちの中では、こういう生々しいトピックスが目立ち始める。
少なくとも現在進行形で、オレの周囲の同年代フリーターバンドマンとかの場合、イイ話を聞く機会の方が少ない。
トピ主も聞かされた方もメンタルダメージ甚だしいこの手の話題は、無機質な現実を浮き彫りにして「明日は我が身」じみた不透明な不安感を覚えさせる。
ピーズを現役で聞いていた20歳前後のときは、こういった感じを感覚的に理解することができなかった。
ところが34歳になった今このような話を聴くと、言葉にできない様々な思いがこみあげてくる。
その度に、やるせない想いの感情ポップアップが、スパムサイトに被弾したときのように止まらなくなる。
だからか、仕事で疲れて帰る道中に解散前の後期ピーズを聴くと、心地よい自虐的ナルシシズムにも似た憤りとその諦めのような、ポジティブなのかネガティブなのかわからない気持ちになる。
で、その悶々とした気分は決して100%満足とは言えないこの毎日の見えない傷に、麻酔薬のような麻痺を与えてくれるのだ。
復帰当時、何かの雑誌のコピー文で
「青臭い夢をみるには遅すぎて、青臭い夢をあきらめるには早すぎる年齢」
というのを見たことをすごく覚えている。
その当時は、2002年復帰当時37~38歳だったハルさんに対し、そんな年齢もうおじさんじゃん。そう思っていた。
しかし、当時の自分より当時のハルさんの年齢に近づいた今なら、件のコピーがいかに秀逸であったのかがものすごく分かる。
大きな夢に挑戦し、二十代の青春をかけて頑張ったものの、思うような結果につなげられなかった。
そういう「挫折の経験」を持つアラサー・アラフォーにとって、このくらいの年齢はあまりにも思うところが多すぎるように感じる。
とはいえ、オレはピーズ周りの話題は基本的に前向きな結論だと思っている。
なぜなら、この後ピーズは冒頭にも言ったように2002年に活動を再開する。
Theピーズ再結成したその当時ハルさんは、約37歳。
そして2002年に活動再開をしたまま、2019年の今に至るまで活動は続いている。
この活動再開からの17年間という期間は、89年のデビューから97年の活動休止した8年という期間を大幅に上回る計算となる。
こういうことを目の当たりにすると、継続の力はもちろん、
「人生の巻き返しに遅いも早いもなく、そのときの本人の意思と価値観次第でどうにでもできる」
という気持ちにもさせられるのだ。
復帰アルバム「Theピーズ」の一曲目、「生きのばし」でハルさんは言う。
死にたい朝まだ目覚ましかけて明日まで生きている
痛み、小銭、目開けたままヤケ起こす熱も出ないくたばる自由に生きのばす自由
あの日あの空拝めるのはあの日の僕らだけ
せいぜい生き延びてくれ出典:Theピーズ「生きのばし」
色々なリアルが重くのしかかり、二十代のやり方が色々通用しなくなってきた三十路前後。
そういった年齢に差し掛かっても、正しいことを継続すればいつか突き抜けることだってできるのだ。
ピーズを今聞くと、そんなことを思い、生きる希望のような気持ちを感じることができる。
だからか、34歳になった今、19歳の時に買ったピーズのCDをオレは聞いているのだ。
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人生に憤りを感じたときはTheピーズを聞いて歌詞の深さを感じるべき【結論】
毎日がなんとなくつまらない気がする、オレの人生本当にこれでいいんだろうか。
そんな悩みに紋々としながら日々仕事を頑張っている方には、ぜひピーズを聴いてみることをお勧めします。
現実問題はたぶん何も解決しないけど、くさくさした気分を吹き飛ばしてくれる、ハルさんのウツすぎる歌詞たちと出会えますよ。
その中にはきっとあなたにしか感じれない
「ポジティブなのかネガティブなのかわからないが、なぜか心地よい謎の感情」
を感じることができるかと思います。
【活動休止直前のアルバム】 【活動再開と同時にリリースしたアルバム】 【その他活動休止前のアルバム】